先日、友人の女性に言われた。
「君は、正直だよね」と。
僕はこれに対してどう回答すればいいのか分からなかった。
少し考えて、答えた。
「そうかな。嘘ばっかりついているよ」
と。
彼女は僕のこの答えに少し意外そうな顔をした。
「そうなの?」
短く再び降ってきた質問に、やはりどう答えればいいのか分からない。
「うん。嘘ばっかりだ。君には割と正直かもしれないけれど、仕事は特に嘘ばっかりだよ」
と、答えた。
僕は毎日嘘ばかりついている。そういう仕事をしている。
僕の仕事を説明するのは難しいが、強いて言えば「経営者」が一番近い表現であるように思う。
僕は経営者の仕事を全うしている。
そして、経営者の仕事とは、嘘をつくことだ。
例えば、お金を出す人に大して嘘をついている。顧客だ。
嘘をつくという表現が正しいのかは分からない。しかし少なくともニュアンスとして、顧客に対しては「誠心誠意努力してお安く販売してますよ」という顔をしている
これは大抵の場合(というか合理的な経営者ならば絶対に)嘘になる。
世の中には、「最適な価格」というものがある。
例えば、新品のiPad Proをもし、一つ3000円で売ったらどうなるだろうか。あっという間に全て売り切れるだろう。
少し値上げしてみよう。5000円だったらどうなるだろうか。同じだ。あっという間に売り切れるだろう。
”あっという間に在庫が全て売り切れる”という状態が同じなら、3000円と5000円、どちらで売るのがより合理的なのだろうか。
当然、5000円で売るのが合理的である。
経営者ならこの判断は光の速さでできなければならない。僕はできる。これができないやつは商売人になってはいけない(しかし意外にも、この計算が実地でできるのは特殊能力である。紙の上では自明なことなのに、実際に客の顔が見えるとできなくなる人が非常に多い)。
さて、5000円を越えて値段をどんどん上げていく。すると、途中から”あっという間に売れる”という金額ではなくなる。例えばそれが7万円だとしよう。
しかし、7万5000円で売っても”一日で売り切れる”というレベルである。それなら、あっという間にこだわる必要はない。7万5000円で売ろう。
8万円なら、同じ量が”2日で売り切れる”というレベルになる。うーん、これだと売り上げ台数はだいぶ小さくなるな。一台あたり5000円の利ざやを稼げる代わりに、売上台数が半分になってしまう…合理的な価格はどっちだろう……?
そういう選択が生まれていく。
値段を設定するのは難しい問題ではあるが、確実に最適解が存在する。
店の状況を考慮して、”この値段で売れば一番儲かる”という値段が存在する。
これより高く売ると売上台数が少なくなりすぎる・これより安く売ると利ざやが稼げない
そういう最適の値段が存在する。つまるところ、経営とはこの値段を探るゲームだ。
そして、経営者ならば絶対に、この値段を探ることに妥協できない(し、するべきではない)
だから、少なくとも優秀な経営者ならば「誠心誠意努力してお安く販売してますよ」というのは嘘だ。むしろ、”販売数が減りすぎない価格の範囲の中で、最も高く売る価格を探っています”という方が正しい。できるだけ高く売る経営者が優秀だし、経営者なら高く売る方法を探るべきだ。
そんな感じ。経営者の仕事とは嘘をつくことだ。僕なんてきっとまだ軽微な方だろう。多くの経営者は、従業員や出資者、金融機関などにも嘘をつき続けている(僕はそれらの人たちには比較的正直でいられている)
僕は毎日嘘ばかりついている。そういう仕事をしている。
それを悪いことだとは少しも思わない。演じるべき役割を演じているだけだ。
あなたも、演じる必要があるとき、何かを演じるべきだろう。恋人の「疲れてる?」に対して「大丈夫。疲れてないよ」と答えるあなたの嘘を、誰が悪いと思うだろうか。
現実は冷たい。冷たい現実ばかり突きつけらる毎日を、僕は望まない。
僕は温かい嘘をつこう。あなたの温かい嘘に騙されよう。それを悪いことだとは少しも思わない。
僕は毎日嘘ばかりついている。そういう仕事をしている。