あの村で、久しぶりに深酒をした。
酩酊状態だから、思い出話をしよう。
大学卒業後、初めて迎えたクリスマスイブの思い出だ。
その年のクリスマスイブ、僕はある女性との約束を入れていた。
4つ年下の女の子で、バリバリ大学生の彼女に、僕は惹かれていた。
彼女とは、あるバーで知り合った。共通の友人がやっていたバーで初めて会い、その日のうちに妙に意気投合した。
アクティブな女性で、会う度に髪型が違っていたり、海外を放浪した思い出が増えていたり、一緒に飲んでいて全く飽きなかった。
僕は生来飽きっぽく、男女問わず同じ相手と何度か飲みに行っていると大抵すぐに飽きてしまうので、これは非常に貴重な経験だった。
僕は彼女と付き合おうと思っていた。彼女も僕にそれなりに好意を寄せてくれていただろうし、僕は彼女の奔放な精神が大好きだったから、心の底からそれがいいと思っていた。
彼女の彼氏の話
さて、一つ残る問題は、彼女が当時付き合っていた彼氏のことだ。
話を聞く限り、大して面白い男でもない。彼女もよく彼氏の文句を僕にこぼし、「つまらない男なんですよね」と、ことあるごとに言っていた。
その文句の中には愛情も感じたが、半分は本当に愛想が尽きた文句だったように思う。僕は適当に相槌を打ちながら「別れろ別れろ!」と適当にはやし立てた。このはやし立ては言うまでもなく、半分以上本気であった。
クリスマスイブは何をしているの?
そんな曖昧な関係が3ヶ月程度続いた。僕と彼女がよく二人で遊びに行くようになったのは8月、11月の終わりまでずっと、そんな会話をし続けていた。
そして僕は、その間に本格的に彼女に惹かれてしまったので、核心に迫る話を切り出した。
11月の終わり、寒い日だった。焼き鳥が美味しい、阿佐ヶ谷の個人経営の居酒屋の座敷だった。
友人がやっているイベント、体験型娯楽イベントで2時間ハシャぐというちょっと風変わりなデートを楽しんだ後に、僕は彼女に伝えた。
「クリスマスイブは何をしているの?」と。
彼女は「彼氏と過ごそうかと思ってたけど、その約束はまだしていません」と答えた。
僕は、「だったら僕と過ごしてくれないか。退屈はさせないから」と伝えた。
彼女は少し照れた。数秒の逡巡の末、「良いですよ」と答えた。「その方が楽しそうだし」とも。
僕はこれを、事実上の勝利宣言であると認識した。彼氏は大したことのない男だろうし、僕のほうがずっと彼女を楽しませることができるだろう。ウマも会う。
その日の別れ際、「じゃ、クリスマスイブ、楽しみにしてますね」といって八重歯を覗かせた彼女の笑顔を、今でもはっきり覚えている。屈託なく笑う女性だった。笑うと目が細くなるタイプで、猫みたいな笑顔を浮かべていた。
クリスマスイブ、彼女は来なかった
さて、年の瀬を迎えると、フリーランスはとにかく忙しい。
当時個人事業主だった僕も多忙を極めており、クライアントからの要望に応えるべく目の回る日々を過ごしていた。
それでも、クリスマスイブには仕事をしなくてもいいように一生懸命に段取り、12月23日は25時まで働いた。
迎えたクリスマスイブ、朝一番にクライアントから「◯◯の箇所を修正してください」という要望が来ていたが、これは見ないことにして彼女との集合場所に向かった。
何か言われたら、スマホが壊れていたことにしよう、そう誓った。フリーランスの大事な仕事術の一つである。
彼女との集合場所に到着したのは約束の時刻の10分前だった。10分間は読書で過ごした。Kindle端末を操作してその日の気分にあった本を開けば、10分はあっという間に経過する。
10分が経ち、約束の時刻になっても、彼女は来なかった。どちらかと言うと奔放で、時間にルーズだった彼女は5分程度連絡なしで遅刻することも常だったので、僕はさほど気にせず読書を続けた。
さらに10分が経ち、約束の時刻を10分過ぎても、彼女は来なかった。スマートフォンを開き、「あれ?大丈夫?ついてるよ〜!」とだけ送る。
それから数分の後、彼女からの返信が来た。
「本当にごめんなさい。気持ちの整理がつかず、今日は行けません。彼氏との関係をどうするのか、もう少しじっくり考えてからにするべきでした。本当にすみません。また整理がついたらこちらから連絡します」
この時、山下達郎の「クリスマス・イブ」が頭の中に流れたのは言うまでもありません。
”きっと君は来ない ひとりきりのクリスマスイブ”
クリスマスイブの約束をすっぽかされるなんて、あまりにも山下達郎すぎるじゃないか、と自嘲的に笑って、僕は待ち合わせ場所を後にした。
向かった場所は当時借りていた渋谷のシェアオフィス。仕事をしようと決めた。
缶コーヒーをいくつか買い込んで、クライアントからの修正依頼に対処していく。日が傾く頃には全ての修正が終わり、何なら自分のブログへの投稿も終わった。
仕事が捗ってよかったな、と思いながら帰路についた。7割方本心で、3割は強がりだった。
帰った後の飲み会
当時住んでいた家は、シェアハウスだった。
デート、すっぽかされちゃったよ、なんて話を軽い笑い話にしながら、僕たちはお酒を飲んだ。
お酒ではたらきが鈍る頭脳の片隅で、彼女のことを考えていた。
彼女は、今誰と過ごしているのだろうか。一人なのだろうか。彼氏といるのだろうか。それとも、全く違う誰かといるのだろうか。
彼女にとっての幸せは、きっと僕といることなのだろうと思っていた。うぬぼれなのかもしれないけど、そう思っていた。恋なんてそんなもんだろ?
それでも、ほぼ勝利確定だろうと思っていた今回の約束が覆ってしまったことで、戦局は大いに怪しくなったと思った。
彼女からの連絡は、2週間後だった
僕は、人にマメに連絡するのがあまり得意ではない。特に、「こちらから連絡します」と言っている相手に対して取り立ての連絡は苦手だ。
だから、黙って待っていた。押せ押せのコミュニケーションはできなかった。
結局、彼女からの連絡は二週間後だった。
「先日は本当にすみませんでした。色々お話したいことがあるので、ご飯いきましょう」と。
どちらなのか分からない彼女の言い草に少しモヤモヤを感じながらも、僕は「OK」という旨の短い返事をした。
事実上の敗北宣言だった
久しぶりにあった彼女は相変わらずの笑顔を浮かべていたが、どこか憂いを感じた。
あの屈託のなかった笑顔ではなく、少し僕への引け目を感じる笑顔だった。
最初の数十分は他愛ない話だった。食事の話、近況の話、彼女の大学の話。
核心に入ったのはしばらく経ったあと、彼女が唐突に話題を切り替えた時だった。
「結局、あの日、悩んだ私は彼氏と過ごすことにしてしまいました。本当にすみませんでした」と。
そんな気もしていたし、そうでない気もしていたように思う。今となってはあの時のことはよく分からない。
ただ、事実上の敗北宣言だな、と思ったことはおぼえている。
悔しくもあり悲しくもあったけど、僕は基本的に穏やかな気持ちだった。今までの経験から、これが可能性の高い事態だと想定していたのかもしれない。
彼女との最後は、いつもよく盛り上がっていた話題、【人生で何に勝ちたいか】だった。僕にも彼女にも勝ちたい相手や成し遂げたい人生の目標があった。
僕と彼女は爽やかに別れ、その後は一度も会っていない。敗北宣言を覆そうとする気力は、当時の僕にはなかった。
あれから丸一年以上が経つ。きっと、彼女は順風に人生を送っていて、あの時よりも素敵な女性になっているだろう。
彼女の隣に誰かがいるかどうかは、分からない。いてもいなくてもどちらでもいいけど、彼女とまたどこかで会えたら良いと思う。
そして、再会した時に、今度は多少の敗北宣言が出されたとしても、食らいついて戦っていける気力のある男でいたいと思う。
山下達郎氏に敬愛をこめて。
@kenhori2
おもしろかった!!!!(人の不幸に失礼w)
恋愛って主人公になってる時が一番楽しい!!!
いえいえww面白かったと言って頂ける方が助かりmすww
間違いないですね〜!何事も自分が主人公じゃないと最大の楽しさはゲットできないと思います!
面白かったです!
でも女の子ってめんどくさいですね… と、女だけど思ってしまいました(*´Д`)
ややめんどくさいですね!ww
まあ、女の子にかぎらずあらゆる人間関係にはその人間関係なりのめんどくささはあると思います。笑