皿洗いを食器洗い機に任せることで、洗濯を洗濯機に任せることで、掃除をルンバに任せることで、生活はより便利に、簡素に、そして寂しくなった。
僕らは皿洗いや洗濯や掃除から、何かを感じとる機会を失ってしまった。
もっとも、それらに残された気づきはもう既にほとんど残っていなくて、出がらしのお茶のようなものなのかもしれない。
それでも、これから先に出版される本や、描かれる絵画や、バンドマンが歌う音楽に、皿洗いや洗濯や掃除の描写が出てくることはもう少ないんだろうなぁと思うと、なんだか引き返せない道に迷い込んだかのような気がしてくる。
機械に任せて効率化さえしなければ、そこにあった気づき、描かれる可能性のあった何かが、失われてしまったのかと思うと、それは少し恐ろしいことのように思う。
毎日外食をしていたら、スーパーに並べられた野菜たちと顔を合わせることはないだろう。
家のすぐ隣に職場があれば、電車で通勤する間に窓から見える街の景色や、駅のホームですれ違う大勢の未だ知らない人生に気づくことはないだろう。
空いた時間を英単語の学習ばかりにつぎ込めば、小説や映画を通して幾重にも広がった空想の世界にたどり着くことはないだろう。
じゃがいものユニークな凹みに、僕らはもう永久に気づけないのかもしれない。
通ったことのない道を通って通勤し、まだ話したことがない人と話をし、空いた時間に文庫本を読む。
聞いたこともない音楽をかけ、食わず嫌いしていた料理を食べ、バーでいまだ頼んだこともない名のカクテルを頼む。
行ったこともない場所へ旅行し、泊まったことのない場所に泊まり、同じ時を過ごしたことがない人とロマンスを楽しむ。
思えば恋愛は効率性の対極にあるものだと思う。
効率性を突き詰めたがる人たちは、恋愛をすっとばして、セックスか結婚を求めたがる。なんと味気ないのだろう。
見落としていた観点に気づき、それを描こうと思い立った時、恋愛ほど知らない世界を知る機会はないだろうに。
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